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女王様だった小学生


小5の時、絵に描いたようないじめられっ子がいた。

家は貧乏極まりない1Kの長屋で、父親はやくざの下っ端で、縁日でやきとりを売る以外ずっと家で飲んだくれていて、母親は六十近くなろうというのに、8番目の子供を産んだばかりだった。

彼女本人はといえば、学力は小1程度、痩せこけて身体中虫に刺され、毎日同じ洋服。くさい汚いと言われても仕方ない不潔な服装だった。

そして、大嘘つきだった。

兄も姉も高校に行かないで美容師になり家を出ていたので、最年長の彼女はたぶん小さい妹弟の面倒を見ていたのだろう。そんな毎日だったら、嘘もつきたくなるというものだ。

偽善者の上、学級委員だった私は、彼女に憐れみを感じた。

当時、「ベルサイユの薔薇」が流行っていて、「下賤の者は身分の高いものに話し掛けていはいけない、身分の高いものが話し掛けた相手には、みな嫌でも話し掛けなければいけない」というゲームがクラスに蔓延しており、誰一人彼女(一番下賤のもの)に話し掛けないし、彼女から話し掛けられると「菌がうつる」と言ってみな逃げ回った。

学級委員でいつも話題の中心人物だった私は、いわば一番身分の高いものだった。

私が、彼女に近付くのを躊躇っていたのは、本当に臭くて虫がうつりそうだったからだが、意を決して皆の前で彼女に話し掛け、勉強を教えてあげると言った。

クラス中シーンと静まり返り、私を憎悪の目で見る人さえあったが、しぶしぶに、みんな彼女に話し掛けたり、話し掛けられた時も露骨に逃げたりしなくなった。

彼女は有頂天になった。

未だかつて、一度もクラスメートに相手にされた事がなく、誰にも話し掛けてもらった事がないのだから、嬉しくて当たり前だ。

私は放課後毎日、彼女に算数(九九)を教えたが、彼女は誰かと過ごす楽しさに夢中になっているからか、それとも遺伝的に頭が悪いのか、教えた事を覚えようと言う気がないのか、さっぱり九九を覚えない。

二〜三人が私に追随し、漢字を教えてあげたりしていたが、彼女は上の空だった。

そのうち彼女はだんだんいい気になってきて、私と親友だと豪語しはじめた。私はもちろん施しを与えていただけで、彼女を友達と思っていなかったし、誰もそれを信じなかったが、彼女は信じてもらう為にさまざまさな嘘を重ねるようになった。

私に色々なものをねだり、それをあげると、親友の印にもらったと言いふらしたり、私の自宅の部屋に特別に招待されたと言ったり、自分の部屋に私とお揃いのクッションをプレゼントされたと言ったり(彼女が自分の部屋を持っていないのは誰でも知っていたのに)、私のうちにあるより大きな最新式のテレビを買ったので、私より自分の方が金持ちだと言って、私と自分を対等だと思わせようとしたり。

彼女は毎日、私の持ち物を何か欲しがった。鉛筆だったり消しゴムだったり、ペンケースだったり。私は物に執着がなく、欲しいと言うものは何でもあげた。

ある日彼女は、私の36色のクーピーペンシルを欲しいと言い出した。これをあげたら親に怒られるだろうと思ったが、私は他に何でも持っていて彼女は何も持っていないのだと思うと、あげずにはいられなかった。

ところが、その私の不用意さが大変な結果を生んでしまった。

彼女はそれだけは私から貰ったと言わず、親に買ってもらったと言って、みんなに見せびらかした。だから私は自分があげたことを黙っていた。

ところが次の日、彼女が私のクーピーペンシルを盗んだという噂になり、先生まで出て来て、ホームルームの時間に集団で、彼女を問いつめるような事になってしまった。36色のクーピーペンシルは、私しか持っていなかったからだ。私があげたといくら言っても、先生も友達も信じない。彼女に、本当は盗んだんだろう、白状しろ、みたいな事を、先生までが言い出した。私は、ホントにいらなくなったからあげたのだと何度も言ったが、彼女が親に買ってもらったと嘘をついていたため、私が彼女を庇っていると思われてしまったのだった。

結局クーピーペンシルは私に戻された。

手に入れてから取り上げられるのは、よけい辛かっただろう。

彼女にはあとで謝ったが、彼女はそれから私に対して、どんどん厚かましくなっていった。私と自分を同化しているように見え、恐ろしく感じるようになった。

私のお古の洋服を欲しがり、私と同じ髪型をまねするようになり、私の髪に結んだリボンにいきなり手を出して、「貰うね、いいでしょう?」などと言うようになった。

私が放課後彼女の為に時間をつくらない日には、文句を言うようになり、「だって勉強する気ないみたいじゃない」と言うと、いきなり泣き出して、九九を覚えるから教えてくれと言い出したりした。

帰る時は、反対方向の私の家の前までずっとついて来た。ついて来る人は彼女の他にもいたので、最初は気にしていなかったが、毎日続くので他の人も気味悪がって、最後には彼女と2人きりで帰る羽目になった。

私はだんだん彼女が重荷になり、逃げ出したくなっていた。それで何か理由をつけて勉強を見てあげるのは週に2回くらいにするようにし、必ず誰かに一緒にいてもらった。

そして来週までに九九を暗記しなければ、もう勉強を教えないと宣言した。

彼女は次の週までに、九九を覚えられなかった。

私は自分でがんばって九九を覚えたら、続きを教えてあげるからと言って放課後の勉強を打ち切った。やっと解放されたと思い、ホッとしていた。

ところが次の日、彼女のお母さんが学校に乗り込んで来て、私を廊下に呼び出した。

「あんた、どういうつもりで、うちのマアちゃんをいじめるのよ」

と怒鳴り付けて来る。吃驚したなんてものじゃない。

いじめた? 私が? あんなによくしてあげたのに。

という思いが浮かび上がって来て、怒りがこみあげた。

九九を覚えられなかったのは自分のせいだ。努力しなかったからじゃないか。それがなんで私がいじめた事になるんだ。

クラス中全員が私の味方だった。先生も味方だ。彼女のお母さんは捨て台詞を吐いて帰って行ったが、彼女はまた誰からも話し掛けてもらえない、一人ぼっちの生活に戻ってしまった。私は怒っていたし、みんなも怒っていた。

だけど私がしたこと、彼女がしたこと、どちらが正しくどちらが間違いだと、はっきり言えるだろうか。

私は彼女の持たない全てのものを持っていた。家は裕福で一年中毎日洋服を変え、カールした髪には毎日違うリボンをつけ、爪は綺麗にのばして透明のマニキュアをし、クラスの中心で成績もよく、何をする時も必ず主役。クラス会では白雪姫、運動会ではリレーのアンカー、書き初めの代表も読書感想文の代表も絵画コンクールの金賞も、すべて私のものだった。

彼女は給食費を滞納するほど貧乏で、着替えもなく頭も悪く、何一つ満足に出来る事はなく、友達も一人もいない。唯一得意だった水泳も私に負けた。彼女が私を羨まなかったはずはない。

もし立場が逆だったら、私はどうしただろう。お金持ちで傲慢な女の子に施しを受けたら嬉しいだろうか。屈辱でしかないのではないか。

彼女がバカでも貧乏でも、きっと嘘さえつかなければ友達は出来たはずだと、ずっと思っていた。でも、目を背けたくなるような現実の中で、彼女が空想を本当の事だと思いたかった気持ちは、当然だし責められないのではないか。

中学に入ってからは、そう思えるようになった。

私は彼女によけいひどい事をしてしまったのだ。自分にそのつもりがなくても、彼女にとって私の行為はいじめだったのだった。

私がしていたのは彼女の為ではなく、自己満足のためでしかなかったのだった。

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